オライリー・ジャパン田村氏の『Make:』日本語版への思い 【後編】

インタビュー 2012.12.14
 前編では、先日開催されたイベントMaker Faireについて、田村氏にお伺いした。
 こんな軟派なサイトでは、MAKER MOVEMENTの親ともいうべき『Make:』日本語版の編集部のみなさんに怒られてしまうのではないか…、と最初はビクビクしながら取材を申し込んでいたのたが、仏のように温厚な田村編集長が優しく話してくださった。
 そして、後編では、いよいよ『Make:』本誌についてお伺いする。
  『Make:』は、誌面に回路図やソースコードが満載で、硬派な構成をされている。
 なぜ、『Make:』は創刊以降、コアな誌面作りをし続けるのか!? オライリー・ジャパン 田村氏のインタビュー後編を一挙掲載だゼ!!

田村英男(タムラ・ヒデオ)

株式会社オライリー・ジャパン、『Make:』日本版編集担当。これまで開催されてきたMake: Tokyo Meeting、そして今年開催されるMaker Faire Tokyo 2012といったMAKERのためのイベントを主催。
 これが『Make:』英語版の創刊号なんですよ。

左が『Make:』日本語版11号 右が『Make:』英語版創刊号


 おぉ! やはり、かっこいいですね!! 創刊はいつですか。
 2005年の春ですね。O’Reilly Mediaをティム・オライリーと共同創設したデール・ダハティが発行人を務めています。ティム・オライリーはWeb 2.0 の提唱者の一人でもある人物です。O’Reilly MediaはもともとUnixのマニュアルの制作をしていましたが、おそらく、ティムもデールもソフトウェアだけじゃなくてハードウェアもハック出来るんじゃないか、オープンソースという考え方が適用できるんじゃないか、という直観があったと思うんです。
 『Make:』 英語版のスタッフは、昔『WIRED』USで活躍された方々を雇っていたりするんですよね。
 そうです。現編集長のマーク・フラウエンフェルダーも、もともと『WIRED』USで編集者として活躍していました。
 日本語版の創刊はいつですか。
 2006年の夏です。

※『Make:』日本語版の創刊号の内容見本はこちらから、ご覧いただけます。



 田村さんは英語版の創刊をどのようにみていらっしゃいましたか。
 当時、私はプログラミングの技術書を主に編集していたんですが、『Make:』英語版が創刊されたときにこれは面白いし、とても楽しそうだから、やりたいなと思いました。ただ、英語版『Make:』の創刊号を持っていっても、周囲の評判はあまり良くなかったんです。それまで一緒に仕事していた人に一応は「面白いね」と仰っていただけるんですけど、だけど「それが何?」という感じで。昔の電子工作と同じようなイメージで捉えられてしまっていました。オライリー・ジャパンはプログラミング解説書の専門出版社というイメージがとても強かったので、「なんでこんな本を出すの?」という反応でした。ただ、一方で昔、電子工作をしていた年配の方々からの評判は良かったんです。
 最初は電子工作が好きな年配の人が読者の中心だった、というのは面白いですね。
 若い人に全然、響かなかったんですよね。「ただのネタ工作ですよね」という感じで。
 2006年というとインターネットは普及しているけれども、ソーシャルネットワークなどはまだまだ出てきていない状況ですよね。
 いわゆるテキストサイトや日記サイトがあったぐらいでしたね。オライリー・ジャパン社内でも日本にブログが来るか来ないかといわれていた時期でした。アメリカではブログが流行っているらしいけれど、日本ではどうだろう、という感じです。
 そのときはまだオープンソースハードウェアがArduino(入出力ポートを備えた基板で、物理的な入出力をプログラミングで制御することができる)のような具体的な形で出てきていませんでした。言っていることは分かるんだけど、デジタルファブリケーションはまだ夢物語みたいな感じです。
 ニール・ガーシェンフェルドの紹介記事には既に3Dプリンタやレーザーカッターが登場していましたが、今みたいにいろいろな大学やハッカースペースにあるという感じではなかったです。
 まだ、一般人に手が届く感じではなかったんですね。
 そう。だから、当時はあまりリアリティーがありませんでした。2007年から2008年くらいに、3Dプリンタやレーザーカッターが大学の研究室に入ってきたので、早すぎたという感じでしょうか。
 その後、Arduinoなどのフィジカルコンピューティングに使うデバイスが普及しだしたときに、広がり始めたのではないかと思います。オライリー・ジャパンの読者の中心はソフトウェアのエンジニアです。自分の仕事のアウトプットが画面の中だけに留まっているのがつまらないと感じていた方々に、面白がっていただけたのでしょう。
 それから、徐々にメディアアートをやっている若い人が興味をもちだしました。コンピューターの入出力をフィジカルにするということがリアリティーを持ち出して、『Make:』も徐々に軌道に乗り始めていったという感じです。
 2007年以降3Dプリンタの価格が下がってきたりArduinoが普及してきたりして、広がっていったんでしょうね。
 やはり、値段が安くなったのは大きいと思います。Arduino自体は同じような機能を持ったものが昔からあったようです。ただ、1万円くらいしました。それが3千円になったときに、状況が変わってきたと思います。
 若い人たちもツールが1万円だと挑戦できないじゃないですか。壊れてしまうのが怖いですし。ただ、それが安くなれば、壊しても平気だし、いろいろなことに挑戦出来る。だから、値段が安くなったことは大きいでしょうね。
 ただ、最初は本当に手応えがなかったんです。創刊号はそれなりの部数は売れましたが、がっちり必要な読者に届いていたという感触はありませんでした。読まれているけど、単純に読み物として捕らえられているというか。それはそれで、もちろん、ありがたいですけども。
 実際に使われる本になったのは、もうちょっと後ですか。
 そうですね。読んで楽しむ本から、実際に使ってもらう本になるには時間がかかりました。
 Makerではない一般の読者には距離感がある内容かもしれませんね。
 たしかに、それはあるかもしれません。今回、クリス・アンダーソンの『MAKERS』はMAKER MOVEMENTをビジネスの切り口から、一般の人々の興味を喚起しました。また、他の方がやっているように、3Dプリンタはこんなに楽しいんだよという提案の仕方もあったんだと思います。その点、『Make:』は技術的な解説をそのまま紙面に掲載しています。技術のコアな部分はしっかり伝えて、あくまで作り手の側から記事にしています。
 たとえば、11月号で手術ロボット研究者を取り上げています。通常、遠隔手術用のロボットはフィードバックを繰り返しながら、すごいお金をかけて作っているんですが、ハードウェアをハックして、同じような機能を持つ機械をとても安い値段で作る方の記事を掲載しています。
 すごく面白いですね。



田村さんの目はとても優しい。


 ありがとうございます。ただ、ストーリーとしては面白いんですけど、実際の記事では、Wiiリモコンをハックして、筋電位をとるためのコネクタをつかって……というように、技術的な内容になってしまうんです。話としては面白くても、記事になった途端にハードコアになる(笑)。このようなギャップが『Make:』にはあります。
 本当に不思議な雑誌ですね。
 実は創刊するときに『Make:』英語版を全部リライトして日本向けに分かりやすくすれば売れるんじゃないか、という意見もありました。もしそういう選択肢を選んでいたら、日本のメイカームーブメントはもっと大きくなっていたかもしれません。
 ただ、やはりUS版を創刊したデール・ダハティの「テクノロジーを消費するだけの存在ではなく、テクノロジーを創造する」という『Make:』にかけた思いは最大限尊重したいと思いました。
 だから、日本語版も作り手の気持ちに沿ってやっていきたいなと思っています。アイデアをオープンに共有し、より良いものを作っていくきっかけとして、読者のみなさんには『Make:』という雑誌やMaker Faireというイベントを楽しんでいただきたいです。われわれはそうした場を提供していきたいと考えています。
 田村さん、ありがとうございました!!! 『Make:』さんのおかげで、今日のMAKER MOVEMENTがあるのだと思います。
 僕も、チャレンジする精神を忘れずに、MAKER MOVEMENTを楽しみます。
 おぉ! MAKER MOVEMENTがますます楽しくなってきたゼ!!


― 完 ―


TEXT BY KEI AMANO

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