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Simple x Japan

世界を変えるひらめきは、いつもシンプルだ。

Simple x Japan  妹尾堅一郎氏インタビュー 後編
category : Simple x Japan | date : 2012.06.21
『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』、『アキバをプロデュース』などの著書に代表される、アカデミズムの「研究」とコンサルティングなどの「実践」の交差点で活躍する、イノベーションビジネスに関する異色のオピニオンリーダー・妹尾堅一郎氏。事業戦略・マーケティング、先端人財育成、産学連携、秋葉原の再開発など、テクノロジーからカルチャーに至るまでのマルチフィールドにおいて発揮される、同氏の奇抜な発想力、時代を読み解く洞察力はいかにして生まれるのか。それは同時に、イノベーションのこれからを知るためのヒントに満ちていた。

妹尾 堅一郎氏(特定非営利活動法人 産学連携推進機構 理事長、CIEC会長)

1953年東京都生まれ。特定非営利活動法人 産学連携推進機構 理事長、CIEC(コンピュータ利用教育学会)会長。慶應義塾大学経済学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルム)に入社。1990年、英国立ランカスター大学経営大学院システム・情報経営学博士課程満期退学。産能大学助教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター特任教授などを経て現職。一橋大学大学院MBA、九州大学、放送大学の客員教授を兼任。内閣知的財産戦略本部専門調査会会長、経済産業省産業構造審議会競争力委員会委員、農林水産省技術会議委員など、多数の政府委員を務める。著書に、『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』(ダイヤモンド社)、『アキバをプロデュース』(アスキー新書)など多数。

妹尾さんにとっての、イノベータの資質とは何でしょう?
 第一に、常に「皆と同じことが言えるか、他人と違うことが言えるか」を自問していることです。皆と同じことしか言えない人を「凡人」と言います。他と違うことしか言えない人を「変人」と言います。日本では、皆と同じことが言える人を誉めますが、世の中を変えるのは、他と違うことを言う人々です。しかし、それにはきつい試練が待っています。私も「異能の人」と呼ばれますが、それはThink differentをしようとするからかもしれません。
 第二に、「気づき、学び、考える」というプロセスを常に踏んでいることです。スティーブ・ジョブズはもちろん、イノベーションを起こす人々は必ず、このプロセスを踏んでいるように見えます。まず、気づきは物事を相似と相違に着目することによってもたらされます。言い換えれば、共通点と特徴は何かということです。

 


 たとえば、ジョブズは昔、ゼロックス社の有名なパロアルトの研究所を訪問して、そこで開発されていたコンピュータのグラフィック・インターフェイス(今のパソコンで使われているデスクトップのイメージ)や、マウスの原型などを見て、非常に興奮して、多くの次の発想をしたと伝えられています。同じようにそれらの技術を見た人は、山ほどいたはずなんです。なぜ、ジョブズがそれにパソコンの未来をみることができたのか。あるいは、実はiPadと同様のものが既にソニーでも開発されていたことは、知る人ぞ知る話です。しかし、ソニーの当時の経営者は没にしてしまった。同じものを見ても、それを別の観点から読めるか、解釈できるか、新しい意味づけができるか。ちょっと難しく言えば、同じ事象を異なったコンセプトでとらえることができるかどうかが重要なのです。従って、Think differentは、See differentlyであるとも言えるかもしれませんね。
教育者としての視点から見たとき、妹尾さんは第二、第三のスティーブ・ジョブズを育てられると思いますか?
 私の答えはYESです。もちろん、まったく同じ人間を育てろというのは不可能です。どうも多くの人は、人財育成を工業メタファーでとらえていて、同じ製品をつくれますか、と聞く。でも、人財育成の基本は農業メタファーなのです。まったく同じ個は創造できないが、同種は育むことはできるはずです。
 スティーブ・ジョブズのようなイノベーティブな存在を育てるには、日本の教育には少し問題がある。ジョブズが“Think different”ならば、日本の教育は、前述のとおり “Think the same”つまり、同じことを考えさせすぎています。そして難しく言えば言うほど、インテリだと思われる風潮がある。“Think Simple”ならぬ“Think complicated”です。

 


 たとえば、100種類の筆記具があったときに、それらひとつひとつの名前を正確に覚えることが大切だと教えるのが、今までの日本の教育でしょう。もし、ジョブズを育てたいのであれば、それらは共通する「ペンのバリエーションである」ということをシンプルに見出して、100の暗記を省略してしまえる力、あるいは、そのひとつのペンを、「文房具」であり、「工業製品」であり、「武器」であり、「耳かきの代用品」であるとか、さらには「遊具」「広告媒体」「再生資源」というように、100通りに解釈できる発想こそ、育むべきではないでしょうか。

 


 日本式の教育では、ジョブズのような存在に、イノベーションの土俵で完璧にやられてしまいます。そして、そういう教育のまま社会に出ていってしまうから、企業競争でも同じことが起こります。前半で「技術で勝てれば、事業でも勝てる」という幻想を捨てるべきだと発言しました。もちろん、経営者が次の産業生態系を見越し、事業を継続するために先行投資として技術を極めるのであれば、それは企業の責任として当然でしょう。しかし、次の産業生態系を見通しもせずに、周りがそう言っているからだとか、今までそうだったからという理由で、技術を極め続けているのは、ただの愚か者だということです。「みんなで渡れば怖くない」はビートたけし(北野武)の名言でしたが、それも80年代の話。今、企業は「みんなで渡れば、共倒れ」だということを認識すべきですね。
そうした次を見通す力というのはどのようにして培われるものなのでしょうか?
 俯瞰的に、そして長期的な視点を持つことです。私は学生に教える時は「一所懸命はやめろ」と言っています。もともと一所懸命とは、一つの所に命を賭けること。つまり、「砦を守れ」と将軍に言われた武将が、そこで主君のために討ち死に覚悟で戦うのが一所懸命です。そこで、経営者までもが一所懸命やっていては国は危ういことになってしまいます。

 


 統治者たる経営者は、俯瞰的に周囲を見て、かつ長期的な最適化を考える“多所懸命”こそをやらなければいけない。その時、統治者の下で、冷徹な戦略地図を描くのが軍師の仕事なんです。戦国時代を代表する軍師に竹中半兵衛という人物がいます。彼には、豊臣秀吉の最古参の家臣で何事にも一所懸命に取り組む仙石権兵衛を、平然と捨て駒にする作戦をたてて、勝利に導いたという逸話があります。仙石権兵衛は幸いにも勝ち抜いて、その後出世をしますが、軍師の役割というのはそういうものです。そして、勝利をもたらす戦略を考えて実行する軍師を育て、使いこなすのが経営者です。軍師と武将の両方を使いこなすのが統治者の器なのです。
これからの日本のイノベータに、メッセージをお願いします。
 忘れてはいけないのは、アップルのスティーブ・ジョブズもインテルのアンディ・グローブもみんな、ズダボロに負けた経験を持っていることです。負けて悔しいから、その負けの理由を徹底的に省みて分析し、その上で考えて、考え抜いた。その考え抜く力というのが、今の日本に必要とされていることではないでしょうか。その時、他人と違う見方をいろいろと試して、違うことを考えてみることが重要なんです。周囲に合わせない。「みんなで負ければ怖くない」という日本の風潮に異議を唱えるべきでしょう。負け組であることを直視することから始めること。勝ち負けは将の常なのですから、負けたことから学んで、次に活かす。そんな、したたかな生き方が良いのではないでしょうか。
 また、全然違うものの見方をしている人と交流することで、新しい視点は生まれていくものです。ジョブズにとって、それはゼロックスのパロアルト研究所でした。今の全てのパソコンの原型となった、デスクトップの考え方もマウスも、全部そこにあった。革命的な研究所だったんです。ただ、ゼロックスの社員からすれば、それは会社の「普通のこと」にしかすぎなかった。しかし、ジョブズはそこに、新たな可能性を見出した。そこで生まれたのが、Macintoshでした。このような発想は、自分の気の持ちようで、いくらでも持てるはずなんです。また、このMacintosh を生んだ時、ジョブズが戦いを挑んだのが、当時のITの大巨人だったIBMでした。世界にメインフレーム(大型コンピュータ)しかない中で、その大部分を仕切っていました。このIBMの有名な企業理念が“THINK”です。だから、Macintosh の最初のTVCMは、これを打ち壊すものから始まった。そして、ジョブズがアップルに復帰した時に出したコンセプトが“Think different”でした。この言葉がCMで流れたとたん、我々は、まさにジョブズの挑戦を感じとったものです。
 “Think Simple”、そして“Think different”、我々の可能性を拡げる切っ掛けとなる見事なフレーズだと思います。それを今度は、我々が実践すべきなのではないでしょうか。