MITメディアラボ所長:伊藤穣一氏が見つめるメイカームーブメントの新しい文脈 ~The New Context Conference 2012 Tokyoに行ってきました。

取材記事 2012.10.26
 〈メイカームーブメント〉ってあれでしょ? モノづくりでしょ? DIYな人たちがレーザーカッターとか3Dプリンターとか使って初音ミクのフィギュアとか作ったりするやつだよね、と対岸から遠巻きに眺めていたネット関係の方々にとって、今年の『THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2012 TOKYO』はまさに「ネットビジネスの新しい文脈」をドカーンと目の当たりにした2日間になったはずです。

 デジタルガレージさんが主催する同カンファレンス、今年は「オープン・イノベーションから生まれる次世代インターネットビジネスの胎動」と題して恵比寿のウエスティンホテルで初日が開催されました。

 まずはホストである伊藤穣一氏が基調講演で、AI/BIというキーワードで現在の大きなネットの潮流を見通します。BI(Before Internet)からAI(After Internet)へと変わったことで、イノベーションそのものも、中央管理型イノベーション(BI)から分散型イノベーション(AI)へと大きく変わりました。ではAI時代の行動原則(The Principle of AI)とは何なのか? 伊藤さんは"agility"(敏捷性)や"resilience"(柔軟性)といったキーワードを挙げていきます。

 素早く事業を立ち上げて、刻々と変化する状況にしなやかに対応していく、いわゆるリーンスタートアップの手法は現在ウェブのビジネスモデルのお手本とされ、当日Skypeで登壇したエリック・リース氏の『リーン・スタートアップ』は、AI時代を生きる人の必読本となっています。ただし、この日の伊藤さんの基調講演のポイントは、さらにその先です。こうしたウェブとネットの世界での動きが、ついにハードウェアの世界へと沁み出してきた、それこそが今の新しいコンテクストだと。

 ハードウェアの世界は従来、生産/流通/販売に多大な投資を必要として、個人では歯がたたない産業でした。それがウェブのビジネスモデルと同様、ますますリーンに出来るようになってきました。デスクトップでのハードウェア開発が今、わたしたちの手の中にあるのです。伊藤氏は新しい高性能卓上3Dプリンタ「From 1」を講演の最後のスライドに映しだし、ハードウェア・ビジネスの新しい波が今年中に来る、と高らかに宣言したのでした。
 ※参考:TecCrunch 「3DプリンタForm 1がKickstarterで$100Kの資金を募り一日でその6倍集まる

 続くセッションは「インターネット・デバイス」と「eコマース」の2つのトラックに分かれます。「インターネット・デバイス」のほうでは、「ラピッド・プロトタイピング」「サプライチェーン」「Lean Startupとハードウェア開発」そして「エコシステム」と、このハードウェア開発の新たな波を体感するのに必要ないくつものフェーズについてセッションが行なわれました。簡単に印象に残ったところを以下にピックアップします。

ラピッド・プロトタイピング

 デスクトップ・ファブリケーションによって、個人が自宅に居ながらハードの試作品を簡単に作れるようになる時代、その到来を告げるかのように、$300(!)の3Dプリンター「MakiBox」を開発したMakible.comのNicholas Wang氏と、渋谷でFabCafeをオープンしたロフトワークの諏訪光洋氏が登壇しました。

 Wang氏は「3Dプリンタはリーン・スタートアップの手法をハードウェアの世界に持ち込むためのツール」と述べ、メイカームーブメントの時代には、Maker(自ら何か作れる人)かそうでないかによる「Makerデバイド」がおこり、それはデジタル・デバイドとは比べものにならないほど大きいだろう、と「予言」しました。

 諏訪氏はクリエーターのプラットフォームを作るロフトワークさんらしく、デジタル・マニュファクチャリングがいかにクリエイティビティとコ・クリエーションを加速させていくかを、FabCafeの実例から紹介。

 そのほか、このセッションのパネルディスカッションに登場した宮内隆行氏が立ち上げたSassorは、日本版ハードウェア・スタートアップとして注目です。

サプライチェーン

 ハードウェア開発がただの「趣味のモノづくり」に終わらずにビジネスとなるには、アイデアをラピッド・プロトタイピングで形にした後で、実際に商品として生産・流通に乗せていかなければなりません。〈メイカームーブメント〉というと、とかく3Dプリンタなどのデジタルツールが注目されがちですが、サプライチェーンの進化こそが、この新しいムーブメントを支えているといっても過言ではありません。

 このセッションでは、アップル社など世界トップブランドの製造/開発/供給をするPCHインターナショナルのCEOリアム・ケイシー氏が登壇し、「個人に開かれた工場」、いわばクラウド・マニュファクチャリングについて語ってくれました。いまや、アップルとビジネスをする会社が「あなた」の製品も扱ってくれる時代がやってきたわけです。

 また、面白かったのがサプライチェーンの可視化を実現するSourcemap, Incで、オープンソース・ハードウェアの先にある「オープン・サプライチェーン」の姿を垣間見ることができます。このマップはクールなのでぜひご覧下さい。

 トークセッションでは、Pieter Franken氏が3.11の地震後1週間で立ち上がった放射線データ共有プラットフォームSafecastの事例を紹介。なぜそのような(ハードウェアを含む)プロジェクトが可能だったのか、という話の中で、「いまやインターネットこそがサプライチェーン」という言葉が印象的でした。

ハードウェア開発

 その後は実際にハードウェア開発に携わる方々のトークが続きます。中でも日本でのこうしたハードウェア開発の先駆けともいえるIAMASの小林茂氏によるオープンハードウェアのエコシステムについての紹介は、豊富な最前線での経験を踏まえた大変興味深いものでした。ぜひまた改めてご紹介したいと思います。

 初日の最後は伊藤穣一氏とEtsyのCTO Kellan Elliott-McCrea氏、それにこれまでの登壇者の方々も登場して、きたるべき新しいビジネスの文脈について、熱っぽく語り合いました。USTREAMのアーカイブもありますので、ご興味を持たれたらぜひご覧ください。

TEXT BY MICHIAKI MATSUSHIMA

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