クリス・アンダーソンから日本人への質問 ~『MAKERS』編集後記2
クリス・アンダーソンから日本人への質問 ~『MAKERS』編集後記2
それはWIRED Conference 2012の控え室での出来事だった。とある日本の学生とひとしきり話していたクリス・アンダーソンが、彼が去ったあとで真顔で僕に問いかけてきた。その学生さんは、デジタル・ファブリケーション機器に精通し、自分でプロトタイピングしてアイデアを形にすることに慣れ親しんだ、まさにMakerを絵に描いたような学生だった。その彼が就職先として選んだのは日本の大手電機メーカーだという。そのことにクリスはかなりショックを受けたようだった。
別に、大手電機メーカーが悪いというわけではもちろんない。『MAKERS』で描かれた「モノのロングテール」とはいわゆる「大手」がなくなることではなく、単に大手による「独占」がなくなるというものだ。だから選択肢が広がりより豊かになるという話にすぎない。それでも、優秀でMAKERSのスピリットを体現するような学生(新たなイノベーションを起こすロングテールの担い手)と、ヘッド部分に留まろうとしてグローバル経済の中でもがく姿が目立つ日本の大手電機メーカーとがなぜ結びつくのか、クリスの頭の中では理解できなかったようだ。それが冒頭のセリフにつながったのだろう。
でも、この話は単に一人の学生の将来に限ったものではない。それどころか、クリスが来日した2日間、メディアのインタビューやWIRED Conference 2012におけるセッションからも繰り返し明らかになった根本的な問題の、ひとつの変奏なのだと今では思える。たとえば来日中のインタビューでクリスが繰り返し受けた質問は、「メイカームーブメントは日本でも根付くのか?」というものだった。でも、ちょっと考えると、この問いの立て方は少しおかしい。
もし質問が「3Dプリンタはこれから安くなって普及するのか?」あるいは「ウェブによる様々なサービスは進化していくのか?」という質問だったら、それには単純にイエス(あるいはノー)と言えるだろう。でも、メイカームーブメントが人々のクリエイティビティを実現させ、自分の力でアイデアをプロダクトにする動きのことを言うのだとすれば、それが根付くのかどうかは、言い換えれば、クリエイティビティやアイデアを持ってそれを実現しようと日本人が思うかどうかは、日本人である僕たち自身のほうが分かるはずだ、と僕なら思う。
これと似たような話を、WIRED Conference 2012にも登壇した小林弘人さん(インフォバーンCEO)が以前語っていた。1994年当時にWIRED日本版を立ち上げ当初、彼はWIREDという雑誌について説明する前に、まずインターネットとは何かを繰り返し説明しなければならなかったそうだ。大手メディアの記者から、「そんなものが流行るんですか?」と言われたという(今だからこそ笑い話だけれど)。今回の来日時のインタビューでも、とある対談で、「3Dプリンタとは何なのか」を繰り返し質問され、その説明にクリスは20分を要した。大きな変革の予感にさらされた時、人は得てして目に見える分かりやすい変化に注目してしまう。本当に変化を迫られているのはテクノロジーではなくて、それを使いこなす僕ら自身なのに。
だから今回のWIRED Conference 2012の最後のトークセッションが、期せずして「日本人論」になったのもうなずける(詳しくはこちらのポストを読んでいただきたい)。あの控え室での会話で、「せっかくならこれをトークのネタにしては?」と僕が振ると、クリスは「いや、それはやめておこう」と応えた。それでも彼がけっきょくこの話題をトークセッションで出したのは、やはりそこに本質的な問題が横たわっていると感じたからなのかもしれない。
そのことは、壇上に上がった他のスピーカーからも伝わってきた。日本はものづくりにプライドと歴史と技術を持っている。AKQAバイス・プレジデントのレイ・イナモト氏は「日本が各国から一番クールだと思われいている」という調査を例に上げて、必要なのは自信だと説き、ファブラボジャパン発起人、慶應義塾大学環境情報学部准教授である田中浩也氏は、工作機器こそ実は日本のお家芸なのだと国産メイカームーブメントを鼓舞した。
(参考)アドビ システムズ、“クリエイティビティ”に関する世界的な意識調査を実施
一方で、日本人は商品への愛情がないのではというPCHインターナショナルのリアム・ケイシーや、「なぜ大企業に就職するんだろう?」と疑問を持つクリスの目には、日本はまったく違った姿に写っている。この乖離はなんだろうか? そこにこそ、日本がメイカームーブメントに対峙することで明るみに出る、次の一歩のためのヒントがあるのではないだろうか?
例えばセッションの後に行なわれた会場からの質問が象徴的だった。ドアを作る製造会社を経営しているというその質問者は、「ドアについてコミュニティを作るといっても、ドアに興味がある人なんて少ないだろうし、オープンソースで開発といっても、中国にすぐ盗まれて終わりではないか?」と、メイカームーブメントをどう自社で活かせばいいのかという主旨の質問をした。コミュニティやオープンソースの部分こそ、日本でメイカームーブメントが進展していく上でもっとも重要な課題ではないかと僕も常々思っている。
それについてクリスは、「ドアはまだまだ進化できるし(たとえば施錠の有無がスマホから分かったりとか、鍵がなくても特定の人を認識して自動で開くとか、誰がいつ通過したかがログとしてとれるとか、いくらでも考えられるだろう)、ネットでそれを投げかければ、様々な人が、様々なアイデアやソリューションを出してくれるはずだ」と答え、ユーザー視点から考えることを強調した。「あなたやあなたの周りには、まだまだアイデアがあるはずだ」と。
メイカームーブメントの根底には、個人が自分のアイデアやクリエイティビティを企業や大組織に頼らなくても実現できる、という思想がある。それは「パーソナル・コンピュータ革命」の時代から変わらない。その背景には、個の才能を誰もが活かせる社会こそ善なのだという信念があるからだ。クリスが本当に伝えたかったこと、あるいは彼が自らのキャリアによって身を持って示していたのもここなのだ。つまるところ、クリスの来日中に感じていた、ある種の「噛み合わなさ」のようなものは、恐らくこの前提のところをメイカームーブメントから感じられるかどうかにあるのかもしれない。
日本はモノづくりや技術、それにクリエイティビティやアイデアにおいても素晴らしいものを持った国だ、でもそれを大企業に頼らず個人やチームで実現していくには、メイカームーブメントを「アメリカから来たブーム」とだけ捉えるのではなく、自らが積極的に取り込んでいくべきチャンスだと捉えなければならない。だからクリスはロールモデルの必要性を感じ、「日本からどんどんヒーローを出していき、『WIRED』日本版の表紙を飾ってもらいたい」と言ったのだろう。
夜に行なわれたWired Conferenceの第二部は、メイカームーブメントではなく『WIRED』本誌についてのクリスと若林編集長のセッションだった。最後に今後の『WIRED』についてアドバイスを求められたクリスはこんなことを言っている。「『WIRED』はつねにマジョリティによるメインカルチャーではなくサブカルチャーに注目し、時としてそれがスーパーカルチャーになるのを支えてきた。大企業や体制や既存組織の側ではなく、新しいムーブメントを始めようとするスタートアップや個人の側を応援してきた。今後もそうした雑誌であって欲しい」と。メイカームーブメント自体も、まさにその延長にある。果たして僕たちには出来るだろうか? そんな問いを投げかけられた、クリス来日の2日間だった。
TEXT BY MICHIAKI MATSUSHIMA