メイカームーブメントの目的は、自分の人生を取り戻すこと ~Maker Conference Tokyo 2013 レポート
メイカームーブメントの目的は、自分の人生を取り戻すこと ~Maker Conference Tokyo 2013 レポート
でも、マーク・フラウンフェルダーが僕にとってちょっと特別なのは、『Made by Hand』という彼の著書を読んでいたからだ。クリスの『MAKERS』を編集するにあたって、その準備体操として僕はMAKE誌を10冊ほど大人買いした……買ったのはいいのだけれど、正直に言えばそれを読みこなせたとはとても言えない。そんな僕にとって、その時に一緒に買った『Made by Hand』は本当にナラティブで面白くてグッとくるものだった。マークの等身大の体験談は(つまり、失敗談は)、MAKE誌のもつスピリットをそのまま体現していた(何しろサブタイトルが「物を作れ、失敗せよ」だ)。僕にMakerの扉を開いてくれたのは、紛れもなくマークだった。
そのマークがMaker Conference Tokyo 2013の基調講演で登壇した。去年に続いて2回目となるMCT2013は、冒頭挨拶でのMAKE誌日本版編集長の田村英男氏によれば、メイカー達の展示が並ぶMaker Faire(昨年の様子はこちらでも)の他に、メイカーやその周りのコミュニティの人々が、MAKEやメイカームーブメントについて真剣に討議できる場が欲しい、という要望から始まったという。定員250名のチケットは完売し、近年盛り上がるメイカームーブメントの熱気がそのままお台場の未来科学館に持ち込まれた形だ。
基調講演をするマーク・フラウンフェルダー
メイカーズ前史
「Making Makers」と題されたマークの基調講演は、100年以上昔の話から始まった。1900年当時のアメリカでは、国民の80%が農民だった(今では2%だ)。彼らは必要に迫られたメイカーズだった。農耕器具を作り、改造し、壊れたら自分で修理しなければならなかったからだ。そうした技術をもったメイカーズ≒農民が大量に都市に流れたのが20世紀初頭だった。DIYは必要に迫られたライフスタイルのひとつだったのだ。それに呼応するようにして、さまざまなモノづくり系雑誌も生まれていた。The Electrical Experimenter誌、Radio Craft誌、Radio Electronics誌、Popular mechanics誌、マークが紹介する100年近く前の記事は、現代のMAKE誌で紹介されているプロダクトと驚くほど似ていて、会場からは驚きの声が上がった。現代のメイカームーブメントは、紛れもなくこの20世紀初頭の正当な嫡子だったのだ。
Radio Craft誌の野鳥の声録音機のイラストとMAKE誌の作品
Radio Electronics誌 今流行のウェアラブルを先取りしていた
Popular Mechanics誌 子どもじゃなくて大人が楽しんでしまっているけれど
Science and Mechanics誌 スーツケースサイズのパワーサイクル
Radio News誌 モノづくりが人と人の距離を縮めるのはどの時代も共通w
暗黒の時代
でも、ルーツを見つけられてハッピーエンドというわけではない。現在と100年前は「暗黒の時代」によって分断されているのだ。「1970-2000年: Dark Ages of Making」とは、人々が何かを自分で作ろうとしなくなった時代だった(ちなみに、僕の人生の大半がこれに重なる……)。マークはそうなった原因として、例えばテレビをあげている。1954年のアメリカで、15インチのテレビは$1175した。現在の価値でいえば$9700、ほぼ100万円だ。それが2013年現在では、19インチのテレビが$140で買える。1954年当時の価値に換算するとわずか$17だという。ここまで安くなると何が起こるかと言えば、当然ながら、壊れたら直さずにそのまま捨てるようになった。かつてテレビは、壊れたらその部品を取り替えて修理し、使い続けるものだった。地元のスーパーにはテレビの部品のどこが壊れているのかを特定するためのセットがどこでも置かれていたという(!)。そのために、人々はテレビ受信機を車に載せて(!!)スーパーまで運んでいたのだ。
でも、もはやそうやってモノを直したり修理して使おうとはしなくなってしまった。エレクトロニクス部品ばかりでそもそも素人には太刀打ちできなくなったということもあるだろう(だから今、メイカー達が製品メーカーに切望しているのは、自分で修理ができるメイカー・フレンドリーな商品だ)。何よりも、新しく買ってきたほうが簡単だし、値段だってリーズナブルなのだ。
現代のメイカームーブメント
こうしてDIYカルチャーはメインストリームから消え去った後、「Whole Earth Catalog」やパンクロックといったサブカルチャーの中で細々と生きながらえ(そこら辺の事情はクリスの『MAKERS』にも書かれていた)、2000年代に再び盛り上がることになる。MAKE誌の創刊は2005年2月だ。マークによれば、この現代のメイカームーブメントは2つのフェーズに分けられるという。フェーズ1は2000-2008年まで。その時期のメイカーは、「People making cool things for themselves」自分たちのためにクールな物を作っていた。その頃のMAKE誌の記事はたとえばこんなものだ。World Largest iPod
LPレコードを再生すると自動でMacに取り込んでデジタル化する世界一大きなiPod。
Potato Cannon
じゃがいもを200m先までぶっ飛ばせるキャノン砲。
Bacon Alarm
目覚まし時計の音が嫌いな人向け。セットした時間になると枕元でベーコンを焼き始める。
(匂いと音で目覚めることができ、かつ朝食に食べることができる)
……これらが実際のところ何の役に立つのかと考えるのはここではあまり意味が無い。「作りたくて、楽しんでやっているんだ」という気概だけは強烈に伝わってくるはずだ。それは、誰に頼まれることなく、自分のアイデアを自力で形にすることであり、自分とモノとの距離をもう一度縮める試みであり、自分の生活を自分でデザインすることでもある。何よりマークが本で書いているように、「DIYの目的は、自分の人生を取り戻すこと」なのだ。
マークの『Made by Hand』が僕たちに気づかせてくれるのは、まさに、メイカームブメントの根底にあるこうしたDIYの精神だ。彼の本には狭義のモノづくり(たとえばエスプレッソマシンの改造や、シガーボックスギターづくり)だけではなく、野菜作り、鶏飼育、養蜂、それに子どもの教育といった話もあって、つまりDIY精神とは何も日曜大工に限ったことではないことが分かる。メイカームーブメントというと、とかくデジタル工作機器を使ったクールなモノづくりを想起しがちだけれど(もちろんその原因の一旦は『MAKERS』にある)、その根底にある、生活すべてを自分の手に取り戻し、作り変えていく欲求や行為そのもの価値を、特にDIYカルチャーを経由していない日本ではぜひおさえておきたい。
第2フェーズに入ったメイカームーブメント
マークによれば、現代のメイカームーブメントの第2フェーズは2008年から始まった。それまで「自分のために」クールなモノを作っていた人々が、メイカー同士のためにモノを作り、シェアするようになった。ウェブによってそれが可能になったのだ。言い換えれば、企業のアドバンテージが失われ始めた。大企業の各部門(R&D/デザイン/物資調達/プロトタイピング/ファンディング/製造/セールス&ディストリビューション)のDIY化が進んだ。つまり、個人の力でもイノベーションを起こせるようになったのだ。例えばリモートコントロール芝刈り機。4,5年前だったら自分で作り方をなんとか見つけ出さなければならなかったけれど、今はオンラインで情報が豊富にシェアされている。作り手とすぐに繋がることができるし、質問したり、手伝ってもらったりすることも可能だ。
マークがトライしたエスプレッソマシンのハッキングもそうだ。従来の家庭用のエスプレッソマシンは、どんなに上位機種のものでもお湯の温度のバラ付きが生じていた。そこでコーヒー・ギークたちが温度を一定に管理するPIDシステムを後付けするハッキングを試行錯誤の末に完成させた。個人向けマシン自体は100年ほど前からあったのに、かつてそういう機能はついていなかった。今はそれが製品化されたけれど、それはこのハッカーたちのR&Dをコピーしたからだ。
マークは自作の温度調節付きエスプレッソマシン(右)で
マーサ・スチュアートに極上のエスプレッソをふるまったこともある
(Photo: Anders Krusberg/The Martha Stewart Show)。
この第2フェーズのメイカームーブメントはまさに僕たちにも馴染みがあるものだ。新しく作ったキットはオープンソースでシェアされ、同時に製品として販売もされている。メイカーの精神と起業家精神が組み合わさり、個人の生活だけでなく産業全体にインパクトを与えつつある。実際、今回のMaker Conference Tokyoでも、マークの後の基調講演には、Makerのアイデアをプロダクトにすることを支援するオープンソースハードウェアのソリューションとサービスを提供するSeeed Studioのファウンダー/CEOであるエリック・パン氏が登壇した。
また、午後のセッションでは企業向けメッセージとなる「Makerフレンドリーな製品をつくる」や、「Maker×メーカー」といったテーマなど、日本でも第2フェーズに突入しつつある現状でメイカーと既存のプレイヤーがどのように協調してエコシステムを作っていけるのかについて、議論が重ねられていった。それはこの1年の日本におけるシーンの変化を反映したものになっていたと思う。そして、だからこそ、その根底にあるべきDIY精神をもう一度思い起こさせてくれた冒頭のマークの基調講演は、プログラムのバランスとしても秀逸だったし、長年にわたってこのメイカームーブメントを牽引してきた『MAKE』誌、そしてオライリー・ジャパンの矜持を感じるものだった。日本のメイカームーブメントは、まだまだこれからもっと面白くなるはずだ。
TEXT & PHOTO BY MICHIAKI MATSUSHIMA