『ゼロからトースターを作ってみた』はMaker必読本!
『ゼロからトースターを作ってみた』はMaker必読本!
あなたのご家庭にもトースターがあるかもしれない。朝食のパンをこんがり焼いてくれるあれだ。本書はこのトースターを作る話で……って聞いてもそれの何がスゴいなのかサッパリだと思う。ちょっとしたメカ好きが自作のトースターを作ったからってニュースになるようなことはなんにもない。僕らMakerの誰かがスマートフォンで操作できるスマート・トースターを作ったっていう話ならスゴイかもしれないけれど(もし外出先からトースターを操作したいニーズがあれば、だけれど)、今回はそうじゃない。
やぁ、僕の名前はトーマス・トウェイツ。この度、僕はトースターを作ったんだ。時間にして9カ月、移動距離にしてい3060キロ、そして金額にして1187.54ポンド(約15万円)をかけて。 ただの電気トースターに費やすには、明らかに多すぎる「出費」だ。でも、僕はただトースターを作ったわけじゃない。「本当に作った」んだ。地中から原材料を掘り起こすところから始めて、お店に行けば4ポンドで手に入る、あのパンを焼く機械を作った。[まえがきより]
そう、本書は電気トースターを「本当に」作った話。
著者のトーマスが見本に選んだアルゴス・バリュー・レンジというトースターは、最安値で3ポンド94ペンスで買えるらしい。日本円にして500円ちょっとだ。
これを分解してみると、400以上のパーツになる。原材料は100種類以上にものぼる。それを作ろうというわけ。「……マジかよ……これだけつめ込んだものが、チーズ(それも高級じゃないやつ)の値段と変わらない、3ポンド94ペンスとかおかしいだろ?」という著者の嘆きも頷ける。
そこで、トーマスはまず原材料を5つに分類してみる。「鋼鉄」「マイカ」「プラスチック」「銅」「ニッケル」。それから彼は鉱山に赴き、鉄鉱石を集め、どうにかして自分で鉄を抽出して、それをまたどうにかして鋼鉄に変えなければならない。マイカ、銅、ニッケルも同じだ。そして、プラスチックケースの分子を精製するために、原油も手に入れないければならない。
つまり、本書はそういう本なのだ。「……はっきり言ってできる気がしない」。そりゃぁそうでしょう。
それでもトーマスは、『電波少年』さながらのノリで、王立鉱山学校の教授に教えを乞い、南ウェールズの鉄鋼山や、スコットランド最果ての地にある元マイカ鉱山、史跡でもあるアングルシー島の銅山へと突撃して原料を集め、BP社(超一流グローバル企業だ)に電話をかけて、バケツ一杯の石油を汲みに油田までヘリで連れて行ってくれないかと交渉する(失敗)。
そして自前の精錬装置を作って鉄をつくりだし、なんとかプラスチックの外側ケースを丸太の型から作ったりするのだけれど、詳しいことは本書に譲るとして、その成果がこれ。
ゲロじゃない。個人の力で原料から作ったトースターだ(それが完動したのかどうかは本書を読んでのお楽しみ)。でもこれは、トースターがうまく出来たかどうかが主題なわけではない。どちらかと言えば、出来ないことが主題の本だ。なぜこれほどまでに技術が必要で手間がかかって雑多な原材料を使うトースターがたった500円で売っているんだ? そのことが意味する人類史的に深淵な問いかけは、トースターを作ってみなければわからなかったわけで。
「手作りの限界」に挑む!!と帯にはあるけれど、そのことは逆に、人間が「モノ」にギリギリまで近づいていくプロジェクトでもある。500円のトースターを作るのにどれだけの人類の叡智(とか大勢の苦労とか環境負荷とか)が詰まっているかを体感すれば、安物だからといって安易に買って安易に捨てることはできなくなる。こんなゲロみたいなトースターだって愛おしくなる(はずだ)。
メイカームーブメントのひとつの大きな特徴は、大量生産大量消費でモノをどんどん使い捨てていく20世紀的なライフスタイルから(そのひとつの象徴が500円のトースターなわけで)、必要な時に必要なだけのモノをハックして、作ったり修理したり改善したり自分の欲しいものに変えていく、継続的なモノと人間との関係性を作り直すことだ。というわけで、本書はパーソナル・ファブリケーションの時代の再来を高々と告げる、Maker必読の1冊に認定!
Maker必読本 data #1
『ゼロからトースターを作ってみた』
著 者:トーマス・トウェイツ
翻 訳:村井理子
出版社:飛鳥新社
※補足 価格.comで調べてみたら、日本でもポップアップ式のトースターが比較的安めの価格で買える。誰かこれをリバース・エンジニアリングして「本当に」自作してくれたらぜひ取材させて下さい。
TEXT BY Michiaki Matsushima