日本のメイカーズを支えるメイカー的工場:スイッチサイエンス

取材記事 2013.02.25
 『MAKERS』の著者であるクリス・アンダーソンが、同書刊行直後に10年間務めたUS版WIRED誌編集長を辞めて自身のメイカー企業3Dロボティクスの経営に専念すると発表したのは昨年11月のことで、各方面に衝撃が走った。「WIRED編集長というポストは世界にひとつなのにもったいない」と惜しむ声から「それほどまでにメイカーズに可能性を感じているのか」という驚きの声まで、さまざまな意見がネットからも聞こえてきた。もちろん、「オープンソース・ハードウェア企業だって? それはいったい何なんだ?」という声もあった。

 クリス・アンダーソンが無人飛行ロボットのオープンソース・ハードウェア企業3Dロボティクスを始めたのは、“メイカーズ”のご多分に漏れず、自宅の食卓の上でだった。

最初の数十個の基板は、自分ではんだ付けをした。そして、もう二度とやらないと心に誓った。 次の数百個はクレイグズリストに広告を出して地元の大学生を雇ったが、お金を払った割には大変さは変わらなかった。最後に、表面実装装置を持つ組み立て業者に頼んで、数百個をきちんと作ってもらった。はじめからそうすべきだったのだ。完成した基板が自宅に届くと、僕はそれらを検査し、ソフトウェアを搭載した。(中略) コミュニティの次の作品である飛行機の自動操縦基板は、プロに任せることにした。相性が良さそうだったのは、オープンソース・ハードウェアのコミュニティのために電子部品を設計、製造、販売するスパークファンだった。スパークファンは調達から製造まで行っていたため、コミュニティは研究開発に専念でき、在庫リスクを負う必要もなかった。  だが、スパークファンが追い付かないほどコミュニティは次々と製品をデザインしはじめ、その多くはスパークファンの店舗でさばくにはニッチすぎた。自前の工場を立ち上げるときがきていた。僕は、パートナーのジョルディ・ムノスと共に、3Dロボティクスを正式に立ち上げた。


 クリス・アンダーソンが起業に至る初期の段階で頼りにした「スパークファン」は、書籍『MAKERS』の中で「メイカー的工場」として紹介されている。つまり、自身がメイカー的であると共に、メイカーにとっての工場となっているわけだ。もともとボールダーのコロラド大学でエンジニアリングを学んでいたネイサン・シードルが、入手困難な電子部品をやっと見つけた経験から、そうした入手困難な部品を在庫として仕入れて販売し始めたところから始まったスパークファンは、今では年間50パーセントの成長を誇る企業となっている。



 彼らは数百万個単位ではなく数千個単位で販売される特殊な電子部品を売っている。しかも、その製品の多くは、中国ではなくボールダーで自社製造されている。価格競争力で負けるはずの地元生産を可能にするのは、オートメーション、顧客やメイカーズのニーズへの深い理解(「あらゆる電子プロジェクトを可能にする企業」と謳っている)、そして社員によって築かれたコミュニティだ。

 実際に、クリス・アンダーソンがそうしたように、スパークファンの製品の多くは、顧客がデザインし、スパークファンのエンジニアが製造しやすいように改良したもので、それらは修正可能な「オープンソース・ハードウェア」として、デザインファイルが一般に公開されている。顧客コミュニティの周辺に、オープンイノベーションの過程が築かれているのだ。「コミュニティを核とする企業」として、スパークファンのエンジニアたちは、アメリカのあちこちで開かれているMAKER FAIRに出かけては、はんだ付けのやり方を教えているという(クリスも最初は自分ではんだ付けをした)。

 ん? はんだ付け? コミュニティ? そこで僕にはつながるものがあった。「はんだづけカフェ」だ。千代田区外神田にある3331 Arts Chiyodaという旧中学校の校舎を利用したアートセンターをご存知だろうか? 僕はそこを訪れる度に、その3階に位置する「はんだづけカフェ」のことが気になっていた。それは電子工作のための道具や場所をシェアすることができるオープンスペースで、まさにメイカーズのヒントが詰まっている場所に思えたからだ。でも“もの作り音痴”の自分には(詳しくはこちら)、その扉をくぐるには敷居が高いようにも感じていた。



 それが思いがけず再訪する機会があった。はんだづけカフェを運営するスイッチサイエンスさんから、「遊びに来ませんか」とお誘いをいただいたのだ。同じ3331 Arts Chiyodaにオフィスを構え、Arduino製品を販売するスイッチサイエンスは、スパークファンの正規販売代理店でもある。これで、ひとつの円環がつながったわけだ。



 スイッチサイエンスを創業した金本茂さんは、もともとPCサーバ向けに千万円単位もするようなソフトを開発する会社の経営が本業だ。中学・高校時代には部活で電子工作を楽しみ、ラジオを作ったりLEDをいじるのが趣味だった。先輩たちはZ80というマイコンチップを買ってマイクロコンピュータを作っていた。といってもクロック数が2.5Mヘルツ、メモリが2KBで「パソコンとも言えないような非力なものだった(笑)」。その後、大学に行く頃になると、電子部品がものすごく進歩してきて素人が太刀打ちできなくなり、こうした電子工作から遠のいた。クリス・アンダーソンも、電子工作には「空白の世代」があると指摘しているがまさにそれだ。そこで金本さんは「ソフトの人」になったのだという。


金本さん(右)と同社の小室真紀さん


 そんな金本さんがArduinoに出会ったのは2008年の春ごろだった。「これなら分かる、使える」と思ったという。趣味で自分が欲しくて見つけたものだったが、当時Arduinoのことを知る人は日本にまだそれほどいなかった。金本さんはそれを30個買って、同好の士にも販売することにした。それがスイッチサイエンスの始まりだった。入手困難な電子部品のネット販売から始めたスパークファンと、どこか話が似ていないだろうか。

 現在、スイッチサイエンスが販売する製品の9割は輸入部品だ。前述の通り、ここ20年ほど電子部品はどんどん小さくなり個人でははんだ付けができなくなってきた。そこであらかじめ基板にのせ、場合によっては周辺回路を組んで、モジュールにしたものを販売する。スイッチサイエンスはスパークファンの正規販売代理店であり、またマイコンボードArduinoの正規販売代理店となっている。自称、日本でいちばんたくさんArduinoを売ってる会社だ。一方で、自社製品も作り、これからその割合をさらに広げて行きたいと考えている。スパークファンと同じように、自社製品は基本的に内製だ。オフィスにあるチップマウンター(表面実装装置)やオーブンを使って製作する。


チップマウンター。



オーブンは市販のものを工夫して使っている。


 全体で1000品目ほどを扱うが、各商品は100個単位で作っている。そもそも基板の実装をしてくれるところならいくらでもあるものの、最小ロットが1000個、コストを考えれば5000個以上のロットで注文しないと割が合わない。細かい数百単位のニーズには応えられないわけで、それなら内製したほうがいいというわけだ。まさに「メイカー的工場」となっている。ちなみに、1万個以上の発注だったら中国もありえるけれど、基板の設計自体はやりやすいものの、実装の話になると各々の部品だったり、調達の手段だったり、そもそも輸出規制がかかっている部品があったりと、何かとやはり大変だということだ。


自社製品はひとつずつ内製されている。



Makerbot社の3DプリンタReplicator2が置かれていた。まだ直接業務には使っていないけれど、
いろいろみなさんでいじっているそう。


 メイカーを支える「メイカー的工場」スイッチサイエンスでも毎月の出荷が今では去年の2倍に伸びるなど、「成熟市場ではない分」伸びしろがあって手応えを感じているという。いっぽうで気になるのが「はんだづけカフェ」の存在だ。一見するとこちらはビジネス度外視のようにも見受けられる。2010年3月にオープンしたはんだづけカフェは、もともと金本さんが「電子工作のツールをシェアする場所をつくりたい」と仲間とツイッターなどでやり取りしていたところから始まった。アートセンターとして文化活動の拠点となるべく3331 Arts Chiyodaが立ち上がる時に、「ものづくりはアートのひとつ」とアピールして入居が決まったという。この場所で始めるにあたっては、徒歩圏内にある秋葉原との連続性についても頭にあった。


はんだづけカフェの店内。平日は夕方18時オープンで、工具やはんだごてが自由に使える。


「やはり、シェアできる空間が欲しかったんです。心の拠り所というか」と金本さんは言う。「人が集まってこその商売です。コミュニティがあって、そこで情報交換がなされてこそ、僕らの商品も売れるわけだし、そうやってArduinoも広まってきた。ゆるく集まることが大切です。そうした場を、大切にしていきたいと思っています」。だから金本さんは、スイッチサイエンスとはんだづけカフェはやはり重なっているのだという。コミュニティの人々からは「潰れるなよ」と言われるという。「こういう商売は責任があります。何年にもわたって継続的に商品を提供していくことが期待されているのです」。こうしてコミュニティを支え、そしてコミュニティから支えられる関係が生まれていくのだ。

 クリス・アンダーソンがメイカー企業3Dロボティクスを始めるまでの経緯を見ても、そこにメイカーの卵や同好の士の活発なコミュニティという下地があったことはとても重要だ。「コミュニティ」はメイカームーブメントの大きなキーワードのひとつとなっている。「技術的に優れいているから、というだけの商売はしたくない。そうではない部分、自分たちの特色、かわいがってもらえるものを持ちたい」と語る金本さんの取り組みも、まさに「コミュニティ」と共に成長する日本のメイカーの先駆けであり、またメイカーコミュニティを支える重要なプレイヤーなのだと言えるだろう。

TEXT BY MICHIAKI MATSUSHIMA
 

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